CROWNⅡLESSON 10
Lesson 10 Don’t Count Me Out
第10課 仲間はずれにしないで
挑戦するということは、人生を面白くするものであり、それを乗り越えることで、人生を有意義なものにする。
P.149
あなたがこれまでに走った最長のレースは何だろうか?5キロ走だろうか?10キロ走だろうか?フルマラソンだろう
か?トライアスロンを試したことはあるだろうか?水泳2.4マイル、自転車112マイル、それから26.2マイルのフルマラソンを走る「鉄人」レースはどうだろうか?
リック・ホイトは全てのそれらのレースに、何度も参戦している。そんなに驚くことではないって?そう、リック・ホイトには重い障害があるのである。彼は歩くことも、話すこともできない。どのようにして彼はレースに参加するのか?”チーム・ホイト”について読んでほしい。
ディックとリック・ホイトは、ほとんど連続してマラソンのレースで一緒に競うマサチューセッツ州出身の父と息子のチームである。
そして、マラソンに参加していないときは、彼らはトライアスロンに参加している。
彼らは鉄人レースを6回も完走したことがある。
彼らはかつて一緒に47日間で3735マイル歩いてアメリカを横断した。
それは注目すべき記録である。リックは歩くことも、話すことも出来ないということを考えると、それはますます注目に値する記録である。
過去25年間ほどディックは息子を押したり引いたりして国を横断し、何百ものフィニッシュ・ラインを超えてきた。
ディックが走るとき、リックはディックの押している車椅子に座っている。
ディックが自転車に乗っているとき、リックは自転車の前につけられた車椅子のポッドに乗っている。
P.150
ディックが泳ぐとき、リックはディックによって引っ張られる小さなボートに乗っている。
1962年のリックの誕生時、ディックと妻のジュディーは彼らの子供には成長の希望がないと言われた。
「彼が生まれてからずっと除外の物語です、」ディックは言った。
「生後8ヶ月のとき、医者たちは彼をただ施設に入れてしまうべきだと私たちに言いました。彼は一生植物状態になると。」
夫妻は出来る限り普通に彼を育てようと決心し、息子を家へ連れ帰った。
リックには2人の弟たちがいて、ホイト夫妻はリックが彼らと同じように知能が高いと確信していた。
ディックは地元の学校が息子を拒絶したことを覚えている:「彼は話すことが出来なかったため、彼らは彼が理解することは出来ないと思ったのですが、それは正しくありませんでした。」
P.151
1975年、リックはついにある公立学校への入学が認められた。
2年後、彼は5キロレースに参加したいと父親に言った。
ディックはランナーではなかったが、車椅子のリックを押すことに同意した。
彼らはビリから2番目だったが、勝利を収めたと感じた。
「あの晩、」ディックは思い出す。「走っているとき、障害があると感じなかったとリックは私たちに言いました。」
チーム・ホイトはますます多くのイベントで競争し始めた。
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